◇全学教育についての感想 | ||
農学部3年生 齋藤 千亜希 | ||
大学教育を受けるようになって3年目になります。今回、この機会に大学教育について、特に1、2年目の一般教養について考えてみました。これから私が述べることは、私がこれまでに実際大学に通って経験し、感じてきた率直な感想です。もちろん私個人の意見なのですが、おそらく、私以外の他の学生も実感してきたことだと思います。これを読んでくださった先生方の授業改善の助けに少しでもなればと思っています。 大学入学してまもなくの頃は、まだ勉強しようというやる気がたくさんありました。しかし、そのやる気も長くは続きません。高校までは、詰め込みがたの学習ではありましたが大学合格というはっきりとした目的があって、寝る時間を惜しむほど勉強をしてきました。それが、大学に入って、午前中しか授業がない日などあり時間が一気に増えて、これといった明確な目的があるわけでもなく、気が緩んでしまったのです。楽を覚えてしまったともいえます。しかし、単に生活が変わったからというわけでなく、大学の授業が期待していたものと違っていたためにやる気が損なわれたという面も大いにあると思います。私の場合、とりわけ数学、物理の授業でそうでした。高校で学んできたことから一気にレベルアップした内容であったと思います。特に物理は高校で選択していなかったために、授業内容はほとんどわからず、他の授業についても、授業を聞くよりも、自分で教科書を見ながら勉強したほうがわかりやすかったものが多くありました。一番楽しかった授業はスペイン語でした。この授業は、授業の方法やテストの形式に先生の工夫が大変見られ、高校時代より確実に衰えた英語に比べ、英語と同じくらいのカリキュラムで学んだスペイン語は、身に着いたという実感がありました。 他の一般教養の科目も、大学側のねらいとしては、専門に偏った識見の狭い人にならぬよう、広範・高邁な学識を身につけ、良識を持ち、豊かな人間性を身につけることなのでしょうが、学生が実際選ぶのは、単位の取りやすい、評価が甘い、楽勝科目であって、結局のところは将来の専門に関係ないということで、その場しのぎの勉強しかしていません。 もちろん授業の行い方が悪いとは一概には言えません。学問に対する意欲、探究心を持ってほしいと、熱意を持って、最もよい授業を行うため創意工夫をしながら授業を行っている先生方もたくさんいました。そういった先生方は学生からの反応が返ってこないと、頭を抱えていると思います。「質問は?」とたずねても教室が静まり返るだけといったことが殆どではないでしょうか。学生のニーズ、要望があって初めて授業改善ができるのであって、学生のそういう意欲が見えず、学生の質が落ちたと嘆かれても、学生の私としても返す言葉はありません。 専門の授業になると、先生とじかにコミュニケーションをとる機会が増え、先生と学生の距離は縮まるので学生の声は届きやすくなりますが、一般教養では人数が多いこともあり、先生と学生の距離はかなり遠いものとなっています。しかしそれでも、私が習ったスペイン語の先生のように、学生との距離を縮める方法はあるのだと思います。学生が変わらなければ、授業の改善もできないと言われるのももっともですが、先生方の教え方ひとつで、単純な学生たちは勉強への取り組みが変わります。学生一人の意識を変えれば、周りの学生まで感化され変わることだってあります。 一般教養の授業が、単位獲得だけで終わるのではなく、本来の目的にあった授業になることを期待しています。 |
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