◇新しき革袋に新しき酒を | ||
大学教育研究センター副センター長(大学院薬学研究科長) 坂本 尚夫 | ||
戦後の日本の大学教育はカリキュラムを一般教育と専門教育に区分し、教養部は専門にとらわれず人格形成を目指した教育を担当し、学部は専門を学ぶために必要な教育を担当する形で進められてきましたが、この区分廃止(大綱化)に伴い、本学でも平成5年に教養部が廃止されました。しかし、この教養部の廃止は教官の階層化を解消しましたが、学生の教育のための改革であったかという点には疑問が残りました。 本学では、全学教育と名称を変えた一般教育に対する実質的責任を持つ教官あるいは部局がないまま、専門教育の早期実施がよリー層進み、今日に至っております。この間本学では、大学教育研究センターが設置され、また同センター審議会を頂点とする運営体制は整えられましたが、教養部廃止後の全学教育の円滑な実施に精力が傾注され、本当の意味での全学教育のあるべき姿を追求する余裕はなかったと思われます。 本学の大学院重点化後にめざす目標が研究大学の確立であるならば、どのような研究を行なうかと同様、あるいはそれ以上に、どのような人材を育て、社会に送り出す必要があるかについて、学内の意見を集約し、学生の教育について不断の努力を継続して行く必要があります。高度な専門知識、優れた研究能力、柔軟な応用力、国際的競争力といった知識や能力を身に付けさせる専門教育の重要性は当然として、一人の人間として最も重要な豊かな人間性・幅広い知性・学問の府に学ぶものとしての倫理観・歴史観を身に付ける機会を学生に与え、語学や情報に関する各専門の基盤となる教育を行うことが全学教育の使命と思います。加えて、学生自らの心身の健康を保つための健康教育に関する授業も重要です。 研究が急速に進展している分野では少しでも早く専門教育を行ない、自立的・主導的研究者や中核的・専門的職業人を育てたいという気持ちは強いと思いますが、徐々に、段階的に学生を教育し、大学院への進学を勧め、大学院で高度の専門教育を行なう方が、全体として基礎のしっかりした人材を社会に送り出すことができ、また学問研究の後継者を育てることができるのではないでしょうか。 総長特別補佐を委員長とする全学教育審議会が、平成12年度に設置されたことで、全学の教官による全学教育のための体制は整備されましたが、新しいカリキュラムの実施に際して、真の意味での全学体制が確立されなければなりません。 このような全学教育を目指す場合に最も重要なことは、教官の意識であります。これまでの全学教育は、暗黙にあるいは当然という感覚で、専門教育の基礎教育的部分をかなり含んでおりました。もし現在でも、このような認識が残っているとしたら、これを全学教育は人間形成の根幹となる基本的教養を涵養するための教育と認識し直した上で、実施していくことが肝要と思います。全学教育は自分以外の誰かが負担するだろうといった意識で、他人事のように思っておられる教官もいるのではないかという私の危倶が、紀憂であることを望んでおります。 東北大学のような研究中心の大学には、所謂研究第一主義のもと、研究を通して教育するのが真の教育であるという考えの教官が在籍されているかと思います。このような研究に裏打ちされた教育は大事でありますが、それぞれの専門教育の中で行なっていただき、全学教育では、昨今の入学者の精神的・学力的変化に対応した基盤的教育を行なうという全学教官の共通認識を確立する必要があると思います。 この認識に立てば、少なくとも全学教育においては、“親父の背中を見て育つ”教育や、“何を教えても教育だ。それが教育権だ。”あるいは“教室は教官の聖域だ。”といった発想は出て来なくなると思います。 教官のみならず、学生にも意識の変革を迫る必要があります。教育においては、教育する側の教官の意識は当然重要ですが、教育される側の学生の立場も考慮しなければ、効果的な教育はできません。学生の立場を考慮する教育とは、学生に楽をさせるとか、甘やかすといった迎合的教育ではありません。“良薬口に苦し”ではありませんが、学生にとって必要と教官が判断したことは、実施に移して行く必要があります。 このような観点から、平成14年度から実施する全学教育のカリキュラムでは、人間性の涵養や幅広い知性を身につけさせるために、基幹科目を全学生に必修として課すことにしましたし、従来の実験や演習に加えて、全学の教官が担当する発表・討論・調査・見学といった形態を含む体験・参加型授業の少人数基礎ゼミも開講することになっています。 教育を充実させ、効果を上げる方策として、これからは様々な方向性の評価を取り入れ、その評価結果を有効に利用して行く必要があります。授業を行なうという教官側の教育責任と学生の教育を受ける権利に関する相互の評価がこれから大事になると思います。評価は評価すること自体が目的であってはならないことは当然ですので、力まず、日常的に評価できるようにし、その結果を有効にフィードバックするシステムが重要です。教育に関する評価結果を教育現場に反映することがなかったら、評価自体も何の意味を持ちません。 既に全学教育および多くの学部・研究科で、学生による授業評価が定常的に実施されておりますので、研究、教育、運営についての教官評価の中で、全学教育にとって特に必要な評価は、教育評価であろうと思われます。この教官の教育評価に関しては、その必要性さえなかなか真剣には議論されてきておらず、方法論についてもこれからの検討を待っている状態でありますが、早急に全学の合意を得た評価方法が確立されることを期待します。 全学の教官による全学教育を行なう新しい体制という革袋に、全学の教官の新しい意識を新酒として注ぎ、豊かな人間性と知性を持つ学生を熟成させた酒として社会に送り出すことができるよう、全学の教官の協力をお願いします。さらに、教養部時代の問題点を克服した上で、正当な教官の教育評価を踏まえ、教育、研究、運営に専念できる学内体制を構築していくことが、これからのひとつの課題と考えられます。 |
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