◇「退官教官の学問論」 | ||
前電気通信研究所教授 沢田 康次 | ||
私はこれまで20年間以上の間、全学教育科目物理学2と3を担当しました。 この間、実に様々なことがありましたが、大学院の講義よりも学部の講義よりも、大学に入って目がきらきらしている学生諸君に教えるこの講義の方が喜びが大きかったと感じていました。しかし、ここ数年の間に教養部が廃止となり全学教育という名で呼ばれるようになり、色々な面が様変わりしました。 教養部という責任組織がなくなり学部の1、2年生はここ数年間無責任状態に置かれていました。毎年、毎年の講義を通してその変化を肌身で感じておりました。例えばクラス担任は教養部があった時はクラスコンパやソフトボールクラス対抗試合をよく行われ私も呼ばれたことがありました。ところが、ここ数年は学生たちがクラス担任は何もしてくれないといっています。単位取得についても大きな違いがあります。教養部があった時は私の講義の単位を取らないと学部には進学できなかったのにその関門がなくなったので、単位が取れない場合来年取る、というのんきな学生もいます。しかし、それぞれの学年はそれ自身が忙しいので前の学年の単位は取りにくいのです。そのため最終学年まで単位を積み残し研究室配属が出来ない学生が多くなっています。教養部のあった頃は期末試験で不合格になった約20人の学生を呼び出して、単位が欲しいのに何故こんな答案しか出せないのかなどと真剣に話し合ったものでした。そして短い期間の間に集中的に勉強させ、それでもだめな学生を2、3人残して追試をし、合格させたものです。教養部廃止の時の申し合わせである各学部が責任を持つということが実行されていません。学部の教官と低学年の学生の間を結ぶ責任感と責任ある仕組みが機能していません。 また講義中の学生の態度も変わってきています。一クラスの平均学生数が教養部廃止と共に増大したことを痛感していますが、そのこともあって講義に集中している学生は約1/3になっています。後ろにいる約半分の学生は「そこで話している君、話がしたかったら外に出ろ」とどなるような努力をしないとたいていは眠るか私語をしています。また、集中しないのに講義に時間通り来るというのが最近の学生の特徴です。 期末試験における学生の態度も違いが見られます。10年程前はテストは自分のためのものだから、私が監督しないといって教室を離れても、問題は生じなかったと覚えています。教養部がなくなってから教室の中の学生数が120人ということもあって、監督の目が行き届かない部分がありますが、教官がよほどしっかりしていないと10〜20%が不正を働こうとする可能性はあります。そこでテストする教官は講義中も試験の始まる前も繰り返し不正行為は絶対に許さないことを真剣な顔で繰り返すことが絶対に必要となっています。そのようにすると確かに学生は不正行為はしないことが分かっています。つまり教官の態度によるファクターが多いのがこれまた一つの特徴です。そのようなことを真剣にいうと「私は先生の言ったことを忠実に守りました。この白紙答案はそのことの完全な証明であります。」という答案が見つかったりして苦笑したのを覚えています。 この追試に関しての思い出の一つとして期末試験の直前にバイクに乗っていて氷の上で滑って交通事故に合い腰の骨を砕いた学生がいました。期末試験が受けられないという連絡をもらい試験期日を延長して、回復を待って松葉杖をついてきた学生に教授室で一人で試験を受けてもらいました。その学生は東北大学に入院していてその後、輸血のため肝炎にかかり死亡したことが分かりました。私は横浜でのその学生の葬儀に出席しましたが大学からは誰一人として出席者はありませんでした。このことは学生に対する大学の無責任な態度を如実に示している一例で、学生の家族に対して恥ずかしく思ったことが強く記憶に残っています。このこともあってなんとか学部と低学年学生との関係を少しでも密にしたいと思い、私が協力講座として関連している工学研究科、電気情報系の教官と話し合って4年前にアドバイザー制を作ってもらいました。これは全教授が数名の学生に対して心配事などについて相談できるシステムで最近法学部でも導入されたと聞いておりますが、なにかこのような連絡網が全学的に機能することを強く望みます。 教養部それ自身は2種類の教官の存在という大きな問題点がありこれを解消すること自身正しい方向でありましたが、それにとって変わる全学教育システムは単に学部教育の先取りだけではなく、色々な専門を目指す学生が一つのクラスで入り交じり幅の広い人格形成を行い、これからの社会が必要とする全体の見える人物を育てようとすることが望まれています。理想的な全学教育の実施にはクラスが比較的少人数でクラス担任が常駐に近い形で連絡が取れ、クラス活動が活発に行われる必要があります。このようなことなしに教育制度だけを全学的にしてもその長所は生かせないでしょう。 東北大学の全学教育については平成11年2月の評議会で承認されました「東北大学の在り方検討委員会報告」に基づいてこれらの問題を解決する方策が大学全体で取り込まれ、星宮望全学教育担当総長特別補佐のもとに実行案が着々と構想され実行に移されようとしています。この実行案がここに書いたような問題点を解決し学生にとって極めて重要な低学年の教育が魅力的なものとなることを切に望みます。 |
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