◇南極での研究生活 | ||
理学研究科博士後期課程2年(平成7年3月理学部卒) 坂野井 和代 | ||
私は現在、東北大学大学院理学研究科で博士課程の2年生として地球物理学を専攻しています。ところが、今から3年前の1999年1月には、“真夏の”太陽が照りつける南極で研究をしていました。1998年2月1日〜1999年1月31日まで、私は第39次日本南極地域観測隊の越冬隊員として、南極・昭和基地で研究をするという機会に恵まれました。南極での仕事は「オーロラの観測」。博士課程での研究テーマとして、フリッカリングオーロラと呼ばれる、微細な構造を持ち、高速で運動する現象の物理過程を解明するということを選び、そのためのデータ収集(観測)に行っていたのでした。 そもそも、私が東北大学の物理系入学を志した大きな理由というのは「南極」でした。中学生の頃から、地球上の珍しい自然・自然現象に興味が強く、地球上で最も珍しいと思われる場所「南極」にいつか行ってみたい、できることならその四季を体験してみたいと思っていました。そのような中で、高校の時に、東北大学の工学部に入学した先輩から、「東北大学理学部の地球物理学科から、南極観測隊に参加できるらしい」という情報を聞き、東北大学物理系に入学。南極観測隊員になれるのならと、迷うことなく地球物理学科に進学し、博士課程にまで進んできました。自分の将来や研究テーマを考るときに、実際は漠然としていてよくわからないという状況が多いのではないかと思います。私自身も、大学4年生になって研究室配属されるまでは、南極に行くことだけを目指していたわけではありません。しかし、様々な場面で迷い、考えたときに「もし、この先南極に行くというチャンスを掴めるならば…、これをやっておかなくては、この道に進んでおかなければ」ということは、一つの大きな指針になっていました。 ところで、先程“真夏の”と書いたのですが、南半球にある南極。昭和基地では2月初旬には短い夏が終わり、2月中旬になると白夜の終わった空にオーロラが見え出す頃です。この頃になると急激に気温が下がり始め、ブリザード(雨でなく雪の降る超大型台風をイメージしてください)も多くなります。さて、私が初めてオーロラを見たのが、3年前の3月1日でした。よくオーロラは神秘的で美しいと言われ、実際にその色彩の美しさや夜空に音もなく舞っている姿は、自然現象の中でも群を抜いて美しく神秘的なものだと思います。しかし私の感想では、オーロラを見て一番強く感じるのは、美しさというよりその動きや形のダイナミックさではないかと思います。写真や映像で見るオーロラというのは、確かに美しいのですが、美しいだけで終わってしまっているような気がします。肉眼でオーロラを見ると、写真や映像に移っているのはオーロラのほんの一面でしかないことを実感します。色や光の美しさというのは二次的なもので、一番印象を強くするのは全天という広がりを持つ大きさや、短時間でどんどんと変化してゆく形など、写真や映像には写しきれない大きな動的な性質だと思います。 98年の8月末には、数日間続く大磁気嵐時のオーロラを見るという、千載一遇のチャンスに恵まれました。最初の2日間ぐらいは、一晩に何回もオーロラが急激に明るくなり激しく動き出します。これが収まると、割と薄暗いオーロラが現れ、静かなオーロラに戻るというパターンが、30分から2時間周期ぐらいで繰り返されます。そのときのオーロラの明るさや動き、色というのは、通常と比較になりません。空全体が光で埋まり、足下があきらかに明るくなるほどです。そして3日目になると、たまにしか目にすることのできない、真っ赤な色のオーロラが現れました。想像を逢かに超えたその様子に、講義やセミナーで聞いた話というのは、実際にはこういったものだったのかと驚くばかりです。「百聞は一見にしかず」と言いますが、オーロラほどこれに良く当てはまるものはないのではと思います。少し話がそれるのですが、今年の冬は11年に1度の太陽活動期にあたっています。この期間には、オーロラの活動も活発になり通常ではオーロラを見ることができない、日本などの中緯度でも運が良ければオーロラを見ることができます。北海道では、すでに昨年中に数回、先ほど書いた「真っ赤なオーロラ」が観測されています。 話を本題に戻しますが、私が南極でやっていた研究は、このオーロラ光の強度変化や運動をなるべく高時間・高空間分解で観測することです。この観測をするために、日本を出発する2年以上も前から、計画を立て始め、観測器の開発と制作を行います。使っている一つひとつの部品や技術は非常に高度な既成のものなのですが、特定の観測対象にあった観測器を作るためには、それを自分で選んで組み立てるということが必要になってきます。出発前には、久しぶりにハンダゴテを握って、回路を組み立てたりしたものです。大学院博士課程での研究や観測というと、大学に入りたての頃はなんだかとても高等なことをしているように思っていたのですが、実際には規模が変わるだけで、大学1〜3年生の頃に行った実験と根本的になんら違いはありません。今になって、ようやく「あぁ、あのときやっていた実験や講義はこんなに大切なことに繋がっていたのか」と実感することが、度々あります。そうして、慌てて昔の教科書や資料を引っばり出してきて、勉強をし直していることも珍しくありません。多くの講義や実験をこなす学部の生活は、先がまだはっきりしないために、ともすると何も考えずに流れてしまうときがあるのですが、今やっていることがいつかは大きな大事なところに繋がるのだ、ということを心に留めておいて損はないと思います。 そのほかに、南極ならではというお話をするなら、やはりネックになるのはその寒さです。日本でなにげなくやっていた作業や行動が、南極では通用しないことが多々あり、それでいくつか失敗もしました。ブリザードになりかけてきた天候の中では、屋外にある観測器の片づけをしていたところ、ほんの10分ほどで鼻が凍傷にかかってしまいました。また、金属系の物は外に出しておくと、10分もたてばすっかり凍てついてしまい、それを不用意にさわったばかりに皮膚がはがれてしまうなどということもありました。非常に乾燥した気候のために、静電気が激しく、日本では考えもつかないようなトラブルもありました。 最後になりますが、観測を無事にやり遂げることができ、研究のためのデータとれたことは、良い収穫でした。しかしそれにもまして、あのような貴重な機会を得て自分の中に残った経験が、とても大きいように思います。そしてやはり実際に見たオーロラや大磁気嵐というのは、ずっと記憶に残り続けると思っています。 |
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