◇コミュニケーション能力の涵養について
副総長(全学教育担当)兼 大学教育研究センター長  星宮 望
(大学院工学研究科電子工学専攻・教授)
 全学教育は主として教養教育を柱としておりますが、その目的は、大別して、@批判精神を養うこと、A社会生活を営む上で必要な常識の質を高め、豊かに生きる知恵を磨くこと、B国際化時代におけるコミュニケーション能力を向上させること、の3つであるといえましょう。ここで、@の批判精神の涵養は最も大切なことで、高等学校とは違って、教科書に書いてあることであっても、大家の話であっても鵜呑みにしないで批判的に聞いて考えること…など、全学教育での最重要ポイントですし、Aも重要で、いわば、危機管理能力の練磨ともいえるかもしれません。しかし、今回は、21世紀になって特に重要度が増してきているBのコミュニケーション能力の涵養について考えてみましょう。

 最近、大学生の学力低下が指摘されていますが、国際的なコミュニケーションに不可欠な英語についてのヒアリング能力は昔に比して優れていると思います。この点では前の世代より優れている学生が多いと思います。そうはいっても日本人の外国語能力、特に外国人とのコミュニケーション能力は、まだまだ不十分で、もっと向上させることが緊要であると思います。国際化時代、グローバル化時代であるなどというまでもなく、多くの人の共通認識ではないでしょうか? そこで、この問題に関する2種類の貴重な意見を紹介し、いっしょに考えてみましょう。

 第1の論点は、名著「日本人はなぜ英語ができないか」(鈴木孝夫著、岩波新書)に指摘されている点です。この本では多くの示唆に富む提案がなされていますが、ここではその本の中で著者が強調しておられることで、私も同感に思うことを紹介しますと、「これからの外国語教育は、何よりもまず日本人としての、自分の借り物でない意見や考え方を、外に向かって外国語で立派に言える人、日本に固有な事情を外国人に説明して、しかも相手を説得できる人を養成する、外向きで積極的な発信型へと重点を移す必要があります。」というものです。このことは単に英語だけやれば良いということでないことは明らかで、広い意味での教養を身につけて、かつそれを外国人に通じるように発信できることが一番重要であると主張されていると思います。これは、日常的な英会話のレベルで満足してはいけないことを意味しています。また、これだけインターネットが普及し外国の人との意見の交換や、具体的な交渉などがインターネット上で英語によって行なわれる時代になっていますので、論理的な英文での交渉なども視野に入れた訓練が必要でしょう。このような訓練が全学教育の中で行なわれるように努力したいと思っています。(なお、鈴木孝夫氏は、英語ばかりでなく、アジア地域の外国語など多種類の外国語を学ぶことの重要性も指摘しておられます)

 第2の論点は、別の面からの日本人の英語力に関しての分析で、新聞に掲載された2件の心強い意見です。その一つは、平成10年7月の朝日新聞に掲載された「日本人の英語が世界一」(吉本卓郎、アムステルダム在住)、もう一つは、平成10年12月の朝日新聞に掲載された「お国なまりの英語でいい」(船橋洋一、編集委員)です。吉本氏は、「世界で最も使われている言葉」は、「統計ではブロークン・イングリッシュ」であって、「日本人の英語は最もインターナショナルなのだから、もっと自信と誇りをもっていいのではないだろうか」と述べておられます。ご自分がJapanese Englishで、英語を母国語としているはずの米国人とアイルランド人の通訳をした例も披露してありました。船橋氏は、元国連事務次長の明石康氏が長い間国際社会の現場で英語を使ってきた結果としての持論である「母国語ではない人々の英語はお国なまりで」を紹介し、これからは、遠慮せずに、「お国なまりの英語」でもよいからもっと積極的に使って行くべきであることを主張されました。私は、このお二人の意見に賛成です。米国人、英国人のように話そう等と考えずにどんどん積極的に発言していこうではありませんか。小生の経験でも、「自分がうまく話せない」などと遠慮することをきっぱりやめて前向きに訓練してから、かなり向上しました。私も、米国で開催された国際学会の座長をしていたときに、米国人の演者と米国人の質問者との通訳をしたことがあります。これは、内容の理解ができていれば英語の表現力の稚拙は何とかなることの一例ではないでしょうか。学生諸君も、機会をみて、を遠慮しないJapanese Englishで使ってみませんか?

 今回は、対象を日本人学生として述べてしまいました。留学生の学生諸君には申しわけありませんが、このような問題点があることをご理解ください。そして、東北大学のキャンパスを、種々の形で国際的なコミュニケーション能力を涵養する場とするようご協力くださいますようお願いいたします。

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