◇新しい教養教育を成功させよう ―全学教育基幹科目の開講に当って―
大学教育研究センター副センター長(大学院薬学研究科長)  坂本 尚夫
 平成5年4月の教養部廃止に伴って全学教育の名称で開始された本学の一般教育(教養教育)については、その目的の明確化が求められつつ、改革の機運が醸成され、平成11年2月から、全学教育改革検討委員会で本格的議論が始まりました。平成12年3月に同委員会報告が全学的に了承されたことを受けて、昨年4月に新カリキュラムの一部実施に踏み切り、本年4月からの完全実施に至りました。

 この間の議論と委員会報告によって、これまであまり明確でなかった全学教育と専門教育の目的が明らかになり、全学教育について学生及び教員が共通の認識をもつようになりつつあります。従来の全学教育科目では、実態的には学部の専門教育の基礎となる内容が濃厚な授業がありましたが、これをできるだけ希釈し、専門教育の基礎は学部の専門科目で行い、全学教育は基本的には教養教育をめざすことになりました。

 この全学教育改革の議論とほぼ平行して、本学では大学院の重点整備が進行し、大学院教育を充実させる体制―所謂大学院重点化―が完成しました。大学院での教育研究を真に実のあるものにするためには、その基盤・基礎となる全学教育及び学部専門教育が、充実した、かつ、効果ある教育でなければなりません。また、本学の大学院重点化後に目指す目標が研究大学の確立であるならば、どのような研究を行うかと同様に、どのような人材を育て、社会に送り出す必要があるかについて、学内の意見を集約し、学生の教育について不断の努力を継続して行く必要があります。

 全学教育改革の議論と大学院重点化を踏まえて、本学が目標とする世界トップレベルの研究志向大学を目指す中で、国内的には主導性を持ち、国際的には競争力を持つ中核的研究者・専門的職業人となる学生を育てるためには、全学教育では、人間形成の根幹となる基本的教養を涵養するための教育及び専門の共通基盤となる知識・技能を習得させるための教育を行い、専門教育では、各学部の教育目標を達成するための教育及び専門分野の学問の進歩に対応した入門・基礎を含む教育を行うこととしました。

 高度な専門知識、優れた研究能力、柔軟な応用力、国際的競争力といった知識や能力を身に付けさせる専門教育の重要性は当然として、一人の人間として最も重要な豊かな人間性・幅広い知性・学問の府に学ぶものとしての倫理観・歴史観を身に付ける機会を学生に与え、外国語や情報に関する基盤教育や健康教育を行うことが全学教育の使命であります。

 このような視点から、これからの東北大学の学生に必要な教養教育として、人間論、表現論、学問論からなる基幹科目を位置付けました。学生は基幹科目を受講することによって、人間形成の根幹となる知識と技能を習得し、現代社会にふさわしい基本的な教養や豊かな人間性と高い倫理感に裏づけられた科学観を涵養し、更に自分の考えを論理的に展開し、説得的に表現できる能力を獲得できるように、第1及び第2セメスターで全1年次学生が各群から1科目ずつ選択し、計3科目を必修科目として履修します。

 人間論群では、“社会と自然利用の主体である人間性を歴史・思想・文化の成果の諸相によって学ぶ”ことを目的とし、歴史論、思想論、文化論の3科目が開講されますが、歴史論では、世界と日本、戦後経済史といった幅広い歴史を取り上げます。思想論も広い視点で捉えた様々なものの考え方・見方を講義する認識概論や西洋哲学の源流といった内容になります。さらに、文化論では、現在議論が盛んな“ジェンダー論”を含め、異文化の理解や経済と社会といった内容を開講します。

 表現論では、“知的あるいは感覚的内容を言語・文章あるいは芸術の方法で表現し、他者に伝達する方法や技法について学ぶ”ことを目的としています。東西の古典を含む詩歌、小説、評論を読み、理解し、思考することは、人間形成に非常に重要であります。このために文学論を開講します。また、造形、音響、演劇、映像、デザインといった芸術論も、豊かな人格形成には必須であります。本学の教員に加え、学外から講師を招聘し、この科目の充実に努めます。言語表現論では、日本語と外国語、
言葉と価値観、言語表現とコミュニケーションといった内容が講義されます。

 学問論群では“学問の方法や歴史、社会や自然との関係などを主題に大学で学ぶ学問自体の性質について学ぶ”ことを目的としております。文系学生も現代の科学の現状あるいは科学技術の現状を学ぶ必要があり、一方で理系学生も、科学哲学や科学社会学を通して、自らが学ぶ理系学問の現代における位置付けを知る必要があります。そのため、人と自然、自然と環境、自然の変化といった内容を含む自然論及び科学方法論、科学哲学、近代社会と科学、科学史、科学技術論を内容とする科学論を設定しました。

 一方、本学のような総合大学では、様々な専門分野の先生がおられますので、先生方が歩んできた道程を1年次学生に判りやすく話すことが、これから学問を目指す若い学生にインセンティブを与えることは確実であります。そこで定年を控えた先生方による現代学問論を設定し、昨年度から開講しました。この現代学問論は非常に好評で、先生方がなぜ自分は大学に入り、なぜこの領域の学問を始めたのかといった自分史を語ったことが学生の大きな興味を引いたようです。

 学生諸君は明確な目的をもって東北大学に入学してきたことと思います。東北大学のみならず、大学に進学する目的は“学ぶ”ことにあります。“学ぶ”とは、単に専門の知識や技術を習得するだけではなく、最高学府に学んだという自負が持てるような幅広い教養と識見を持った人間になることを意味します。すなわち、学生諸君には、高度な専門的知識と技術を持った研究者、専門家、技術者となる前提として、幅広い教養、正しい倫理観そして高い見識を身に付けた社会人であることが要求されます。

 ドイツの劇作家、批評家であるレッシング(1729〜1781)の言葉に、「教育を行う際に犯しがちな最大の誤りは、若者たちに自分で考える習慣をつけさせないことである」という言葉があります。この言葉や「教うるは学びの半ば」とか「教えることは二度習うことである」という古来よりの言葉を胸に、教員は学生を励まし育てることの重要性についてもう一度認識を新たにする必要があります。

 本学のような研究中心の大学では、特に研究が急速に進展している分野では、少しでも早く専門教育を行い、研究を通して教育し、自立的・主導的研究者や中核的・専門的職業人を育てるべきであるという考え方がありますが、昨今の入学者の精神的・学力的変化に対応した基盤的教育を行いつつ、徐々に、段階的に学生を育て、大学院への進学を勧め、大学院での高度の専門教育を行うことが、全体として基礎のしっかりした人材を社会に送り出すことができ、また学問研究の後継者を育てることができるのではないでしょうか。

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