◇都市・建築学の展望 | ||
前工学研究科教授 大村 虔一 | ||
工学研究科の研究領域のなかで、都市・建築学専攻はユニークな位置を占める。研究者の半分は、素材、構造、設備など言わば工学系の領域に属する研究に従事している。残りの半分は建築や都市を計画するに際して尺度とすべき社会科学系の研究か、建築や都市そのものをデザインしそれを実現する仕事を専門領域としている。 欧米ではこの領域は明確に二つに区分されている。前者は工学部の領域に、後者は独立した建築学部か、芸術関連学部に包含されている。日本の建築教育の位置づけの特殊性は、明治期の欧米の学問体系導入に際し、地震の多い我が国の実態に即して加えられたひとつの対応策であった。 前者に関しては欧米では、素材工学、土木工学、機械工学、電気工学等々の分野に幅広く分散して、建築を特定の対象と限定しない研究が行われている。我が国の研究体制の相違がどんな結果を生んでいるかは本論の目的とするところでないが、海外の地震災害時の復興支援などに建築学会が大きく貢献していることはその影響として注目していいと思う。 後者に関しては今後大きな変更を加えざるを得まい。社会の国際化に伴い、建築家の国際資格問題が調整課題となっているからだ。我が国の建築教育は4年制の大学で専門教育に2年半をとっていて、欧米の5年制に比べて極めて短い。更にその専門教育内容に工学分野の科目が約半分含まれているので、欧米の建築家養成に必要と考える科目にあてている時間数はその4分の1に過ぎないとされる。最近ではこの分野の大学院前期2年のコースヘの進学希望者が多いことを考慮すれば、一貫した6年制で、日本独特の工学系の知識を有し、欧米の建築家養成カリキュラムに比肩できる建築家養成コースを構築する方向に向かうと考えられる。 一方その専門教育の内容自体が時代とともに拡大している状況にも注目しなければならない。私が本学に招かれたのは、工学研究科の大学院重点化に伴い建築学専攻を都市・建築学専攻に改め、都市デザイン学講座を新設する必要からであった。即ち従来の建築単体のデザインだけでなく、都市構成要素としての建築や建築関係のデザインが重要視されているのだ。 高密度市街地のなかで快適な居住生活を求めれば、住宅の室内の空間・環境に留まらず、建築の周囲の空間・環境のデザインが大きな影響を持ってくることは容易に理解できよう。建築敷地を含む街区や地区レベルで、環境形成の確かなデザインポリシーなしには、健全な建築をつくることが難しい状況になっているのだ。しかし、住宅を建てるとき、敷地など不動産所有の範囲を超えて他人の領域をデザインに取り込むことが事実上不可能で、みすみす良い空間・環境を創るチャンスを逃している現状である。 こうした問題解消のため、都市計画と建築設計の中間領域のデザイン業務が注目されるようになった。それは例えば複数の建築とその間の空間を含むデザインで、建築や道路や緑地など都市構成要素の個々のデザイン担当者の協力協調を得て、地区全体を快適に保つ空間・環境デザインで、都市デザインと呼ばれるものだ。また都市デザインの成果を地区の建築等のデザインの前提条件にすることによって、相互により良い環境を維持できるようにする「地区計画」制度も定められている。 残念ながらわが国では、この制度はお上の定める新たな規制のように映り、うまく運用されていないきらいがある。まちづくりのルールをそこに暮らす人々のニーズを組み上げてつくりだすシステムが確立していない今、この状況を改め、各地で住みよい都市デザインが実現するには未だ時間がかかるだろう。しかし今も先進的な試行が取り上げられていて、少しづつ成果も出てきている。 私が十年来かかわってきた千葉の「幕張ベイタウン」住宅地もそのひとつに数えられる。これは「住宅で都市を創る」をキャッチフレーズに、20世紀の住宅地開発の主流をなした団地づくりの対案として、地域の人間関係を重視する沿道型住等配置のポストモダンの都市デザインプロジェクトである。足回りには店舗を配置して複合機能市街地形成を目指している。 このプロジェクトは、宅地開発者(千葉県企業庁)の定めた都市デザインポリシーに沿って、複数の住宅事業者がまちづくりのパートナーとして加わり、事業を企画し、都市デザインガイドラインに沿って隣接街区との調整を図りながら建築をデザインし、販売する、新しい都市づくりである。およそ10年で1万人が住む街になったが、目標人口はその倍以上になる計画で、現在も進行中である。 この街が1999年のグッドデザイン賞と、同時に最初のアーバンデザイン賞を受賞した。出来上がった街のデザインもさることながら、大勢の人々を巻き込んで進められる新しい都市のデザインシステムが評価されてのことである。私はここに街全体の実施計画をつくる都市デザイナーとして参加し、住宅建設が始まってからは宅地開発者の意図を住宅事業者とその建築デザイナーに伝える計画設計調整者と呼ぶ新たな職域を担っている。 これはほんの一例に過ぎないが、こうした社会の新たな諸ニーズに大学がどう取り組み、社会が求める人材を的確に育てることが出来るかが問われていることを改めて確認する必要があろう。今、将来の都市・建築の教育に向けて、大胆な一歩の踏み出しが必要なときである。 |
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