◇総合学術博物館の使命 | ||
前総合学術博物館長 森 啓 | ||
東北大学が20世紀初頭、「理科大学」として発足して以来、間もなく百周年を迎えようとしております。この間、研究に用いられた資料・標本、教育のために外国から購入した標本、本学で開発された機器類等の総数は242万点に達しています。この中には、わが国はもちろん、世界の科学の進歩に貢献し、各分野で研究をリードしてきた貴重な資料・標本が多く含まれております。主な例をあげますと、植物学、古生物学分野等で、新種発見の基礎となった原標本(タイプ標本)、人類の骨格標本、考古学分野で収集された重要文化財を含む埴輪等の標本、河口慧海氏が蒐集した仏像、仏画等のチベット造形コレクション、本学で開発された多くの機器類等があります。これらは東北大学の歴史と伝統を記録した、我々の誇りとする知的財産です。 このような資料・標本を一極集中して保管収蔵する計画はすでに昭和40年に始まり、総長を委員長とする総合研究資料館設置準備委員会ができ、その設置予定場所を現在の理学部自然史標本館の敷地とすることを決定していました。しかしその実現の見通しが困難であったため、各部局での構想を具体化することになり、理学部では自然史標本館が認可され平成7年10月に開館の運びとなりました。 平成7年6月、文部省学術審議会から「ユニバーシティ・ミュージアムの設置について」の中間報告がだされ、本学においても平成8年6月、理学部が世話部局となって「東北大学総合研究博物館(仮称)設置構想検討委員会」が設置され、平成10年4月になって総合学術博物館の組織が認められ、教官8名(教授2名、外国人客員教授1名、助教授3名、助手2名)、事務官(理学部)1名、事務補佐員1名の構成でスタートしました。外国人客員教授は組織が発足してから、ロシア、ドイツ、アメリカから古生物学、考古学、人類学分野から5名を招聘しております。 現在は、自然史標本館を仮の拠点として教育研究活動を行っていますが、博物館が仙台商業高校敷地跡に設立することが正式に決定し、近年中に建設、開館の予定となっております。この建設予定地は広瀬川に近く、仙台の文教地区と呼ばれる一角にあり、「開かれた大学」としての博物館の役割を考えると、まさに最適地ということができます。 この博物館は、一般に公開する展示室、資料・標本の収蔵室、教官研究室、会議室、講演会用ホール、実習室、各種実験室等から構成される予定です。 欧米における大学博物館の歴史は古く、主要な大学においては図書館が必ず備わっているのと同じ感覚で博物館が存在し、研究教育に大きな役割を担ってきました。その点で、今回わが国の総合大学に博物館ができる意義は大きなものがあります。大学の博物館が一般の県立博物館等と異なる大きな特徴は、その収蔵物が研究に用いられてきた資料・標本が大部分を占めていることにあります。その研究の歴史は大学毎に個性があり、それぞれの大学がその特色をだせる博物館にすることが可能です。 私達は大学内にあっても、他部局の資料・標本に接する機会はほとんどありませんでした。一般市民にとっても、これらは近くにありながら遠い存在であったと言わざるをえません。総合学術博物館では、現在各部局で個別に収蔵しているものを一括して収蔵し、その主要なものを展示して、「開かれた大学」を目指すことを目的の一つとしています。また、最近「大学の生涯学習に対する社会への貢献」も強く要望されるようになり、我々の博物館もこれに応えるべく準備を進めています。東北大学はその創立以来「研究第一主義」を一貫した理念として、大きな研究業績をあげ、多くの人材を社会に送りだしてきました。しかし、学都仙台と言われながら、ともすれば一般市民と乖離した存在と受けとられる面も無きにしも非ずでした。この点において、総合学術博物館は、大学と市民を結ぶ接点をもつ重要な施設となることを期待しています。特に本学の資料・標本の展示は、市民の大学の理解に貢献するところ大であると考えます。またこれまで、大学に「小中学生のための野外実習体験」というようなテーマに予算がつくことや、そのようなテーマ自体大学の関与するところではないという雰囲気がありましたが、文部科学省の新たな方針も今後の博物館の教育のあり方の大きな支えとなっています。 大学博物館は研究が基本ですから、博物館の研究者は各自の研究を行いますが、同時に東北大学の研究を紹介し、最新の成果を内外に発信していくことも重要な役目の一つです。各部局、研究所等と緊密な連絡をとりながら、博物館がこの役割を果たす大学の中枢的存在となることを期待しております。 博物館の研究活動の一環として、総合学術博物館紀要(Bulletin of the tohoku University Museum)の発刊を計画し、その第1号が平成13年に刊行されました。その内容は平成11年9月、博物館が世話部局として仙台で開催された第8回化石クニダリア海綿国際会議の論文集です。この国際会議では、本学収蔵のサンゴ、海綿等のタイプ標本の検討会が夜間小集会として行われ、活発な議論が交わされました。今後も博物館でこのような国際的な役割をもつことが重要であると考えております。 前述のように欧米に百年以上遅れての総合大学の博物館開設は、様々な困難が予想されます。本博物館がその重責を担うためには、まず大学内の各部局の協力が不可欠です。定年退官を迎えるこの機会に、博物館における研究教育に対するご理解を是非お願いしたいと思います。この度、我々の博物館構想に共鳴して仙台市民有志によってNPOが設立されることになりました。東北大学の一員として、また博物館の教官として、この御好意と熱意に深く感謝し、今後大学と市民が一体となって博物館が発展するよう祈っております。 |
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