◇「ジェンダー学」ノスヽメ―全学教育「ジェンダー論」開講によせて
法学研究科教授  辻村 みよ子
 いつの世にも時代を反映した言葉がある。「ジェンダー」や「男女共同参画」もその例だ。

 ジェンダーとは、生物学的な性差(性別)ではなく、社会的・文化的に形成された性差(性別)であると一般に定義される。世の中には、一見、男女の違いに基づく合理的な区別であるように見えても、実際には、特性についての固定観念(ステレオ・タイプ)・偏見(ジェンダー・バイヤス)や性別役割分業に由来する不合理な差別であることが多い。そのため、男女の二分法や境界線自体を問題にし、それに基づく社会の構造を解明することが必要となる。そのようなジェンダーに関わる問題を、多角的に検討するのが、ジェンダー研究ないしジェンダー学である。10年位前までは、フェミニズムや女性学(Women's Studies)が主流だったが、今では、女性学だけでなく男性学をも超越して、性差そのものを問題とするジェンダー学(Gender Studies)の用法が基調となった。

 一方、男女共同参画という言葉も、1999年に男女共同参画社会基本法が制定されたこともあり、最近になってよく用いられるようになった。本学にも男女共同参画委負会が設置され、2002年秋には、「男女共同参画を推進する東北大学宣言」も出されて、マスコミにも注目された。男女共同参画社会とは、「男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮できる社会」(基本法前文)である。したがって、男女が性差についての固定観念や偏見から解放され(この意味でジェンダー・フリーの語が用いられることが多い)、単に男女が平等である(不当な差別をうけない)だけでなく、男女がともに、社会のあらゆる分野のあらゆる活動に積極的に参画できることが目的となる。


 このような男女共同参画社会の形成にとって、ジェンダー学はきわめて重要な意義をもつ。とくに、男女共同参画推進のために重大な使命を担うべき大学で、ジェンダー研究を進展させ、ジェンダー学を開講することは、緊急の課題である。

 この点、2000年の国立大学協会報告書(http://kokudaikyo.gr.jp/chosa/txt/h12 5.html)は、アメリカの大学で1970年代から女性学・ジェンダー学が普及し、女性教職員の増加,大学改革の推進に貢献しただけでなく、「若い男女学生がジェンダー問題を学んだことは、平等社会建設の力となり、ジェンダー学が果たした役割が大きい」と指摘する。日本では、国立大学でのジェンダー研究関連講座の開設が著しく遅れている(平成8年度までの調査では37校、101科目のみ)ことから、同報告書は、(1)教育機関としての大学の役割に鑑み、国立大学のカリキュラムの中にジェンダー研究関連講座を積極的に増設すると共に、ジェンダーを大学における教育と研究の中心に取り入れるべきこと、(2)学問がこれまで男性によって殆ど独占され、女性の視点からの「知」の認識が不十分であったが、ジェンダーの視点を取り入れて「知」の見直しを行い、新しい「知」の生産に資するように、ジェンダー研究を積極的に奨励するべきこと、(3)大学における教育的・知的活動にジェンダーの視点を取り入れることは、大学の教職員・学生のジェンダー問題への理解を高め、女性研究者の増加、働きやすい環境作りにも貢献するものであり、男女平等社会建設に積極的に貢献する大学としての社会的役割にも資するものである、という3点を指摘している。

 その後の追跡調査結果では、ジェンダー関連科目の開講は着実に増えている。例えば、国立婦人教育会館の平成12年度調査では432科目に増え、国立大学協会の乎成13年度の調査では、合計805科目、全学教育と学部での合計は515科目・64%(他に大学院での開設が263科目)に増えている(国立大学協会第3常置委員会・男女共同参画に関するワーキンググループ『国立大学における男女共同参画推進の実施に関する第1回追跡調査報告書』30頁、平成14年11月)。しかしなお、インターネットで、Women's StudiesやGender Studiesのプログラムを検索すると世界の700件以上のリストが示される(http://reserch.umbc.edu/~korenman/wmst/programs.html)のに対して、日本では、ジェンダー研究センターは御茶ノ水女子大学などを除いて殆ど皆無に近い状況がある。

 そこで、東北大学においても、全学教育等のカリキュラムの中にジェンダー研究関連講座を積極的に開講すること、男女平等参画に関する学問・研究を奨励し支援することが男女共同参画委員会平成13年度報告書「東北大学における男女共同参画推進の方針に関する提案」でも提言された。実際、同委員会が実施した全教職員対象のアンケート結果では回答者の38.5%にあたる人が、男女共同参画という言葉を「知らない」と答えており、教職員や学生の意識を高めるために、全学教育をはじめ全領域で積極的な取り組みをすることが不可欠である。


 このような内外の事情を反映して、2002(平成14)年度から、全学教育の基幹科目類・人間論群中、文化論の一部としてジェンダー論が後期に2クラス開講された。2003(平成15)年度からは、展開科目類・総合科学・カレントトピックス科目群で前後期1クラスが開講されることになっている。

 2002年度の「文化論(ジェンダー論)」の1クラスは、文学研究科教官2名(計7回)・法学研究科教官6名(計7回)の混成チームが担当したが、受講生は、121名(うち工学部59名、文学部15名、法学部12名、教育学部10名、その他25名)であった。講義の出席もまずまずで、「この授業に一番関心があります」と授業後に話しかけてきた女子学生もいた。

 2003年1月に実施した授業評価表では、57名の回答のうち、授業の印象については、「非常に興味を持てた」8、「ある程度興味を持てた」36、「どちらともいえない」6、「あまり持てない」2、「興味を持てなかった」3であり、80%近くが興味をもったという結果であった。また、「この授業に印象に残るものがあった」と回答したものも35、「どちらともいえない」16で、「印象に残るものがなかったという回答は1にとどまった。授業を選んだ動機についても、「内容が面白そう」37、「以前から興味があった」12、「将来役立ちそう」7、「担当者が良いから」5、であり、全体として、工学部など理系の学生も、興味をもって授業に臨んでいたことが伺える。(非常勤講師の先生にお願いした別のクラスの評価結果はまだ見ていないが)「ジェンダー論」の初年度としては、満足すべき内容といえるだろう。


 今後も、ジェンダー問題に対する関心を高め、東北大学内のみならず、すべての地域や社会で男女共同参画推進の意義が理解されるように、積極的な取り組みが期待される。ジェンダー問題は、文系・理系を問わず、さまざまな学問分野からのアプローチが可能であり、かつ、学際的研究や産学連携研究等にも適した内容を含むなど、多くの発展可能性をもっている。日本学術振興会の科学研究費補助金(科研費)の「総合・新領域系」のなかに「複合新領域」分野として「ジェンダー」の分科が創設されたことも、そのことを端的に示している。

 そこで、本学全学教育の「ジェンダー論」でも、文学や法学など文系の学問領域からだけでなく、薬学・医学・理学・工学・農学など、すべての学問分野における研究者がこれに参加し、各分野におけるジェンダー問題が真摯に語られることを期待したい。



平成14年度『全学教育科目の手引』P.81

文化論 木2

(2単位).対象学部:医,歯,薬,工.担当教官:田中重人,沼崎一郎,辻村みよ子,山元 一,尾崎久仁子,久保野恵美子,嵩さやか,土佐弘之.所属部局等:文学研究科,法学研究科.開講セメスター:2

1.授業題目:ジェンダー論

2.授業の目的と概要:
現代日本におけるジェンダー状況の現状と直面する問題,及び,ジェンダーに関する法制度上の課題を明らかにする。

3.学習の到達目標:
・現代日本におけるジェンダー状況と課題について理解を深める。
・性差別をなくし,男女平等な社会を構築するために,法制度や意識改革の上でどのような課題があるかについて理解を深める。

4.授業の内容・方法と進度予定:

(前半)
(1)社会学の観点から,日本社会における性別分業や性別格差の現状と動態について論じる。特に,時間,労働,資源の配分の偏りに焦点をあて,統計資料を示して講義する。(田中)
(2)女性の人権擁護運動の観点から,日本社会に巣食う性差別と暴カの問題を批判的に考察し,男性性の問い直しを試みる。(沼崎)
前半の各回の講義内容は以下の通りである:
  1)イントロダクション(統計資料から見る現状,など)
  2)生活時間と生活周期
  3)社会的地位,資源配分,リスク
  4)変わった点と変わらない点:半世紀間の社会変動に見る,以上,田中
  5)性差別と暴力(1)―セクシュアル・ハラスメント―
  6)性差別と暴力(2)―ドメスティック・バイオレンス―
  7)反性差別の文化運動―男性性の問い直し―,以上,沼崎。

(後半)
(3)法学・政治学の立場から,人権の歴史,憲法14条の平等原則,家族法,社会保障法,国際人権法,国際政治におけるジェンダー問題について検討し,今後の課題を明らかにする。
  8)人権の歴史と性差別―憲法からみたジェンダー問題(辻村)
  9)憲法14条の平等原則について(山元)
  10)国際人権条約の展開とジェンダー問題(尾崎)
  11)民法とジェンダー(久保野)
  12)社会保証とジェンダー(嵩)
  13)社会的に構築されたアイデンティティ:ジェンダーとナショナリティ(土佐)
  14)ポスト・フォーディズムとジェンダー秩序の再構成(土佐)

5.成績評価方法:
レポートによる(具体的な内容は講義のなかで説明する)。

6.教科書および参考書:
教科書は使用しない。参考書・参考文献は,各講義のなかで適宜紹介する。

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