◇学生の健康管理について −定期健康診断からみた学生の健康状態−
保健管理センター所長  三浦 幸雄
学生の健康管理とは

 厚生白書をみるまでもなく、18歳から25歳くらいまでの青年期は男女とも最も罹病率(病気にかかる人の割合)の低い年代である。確かに、この年代にある学生諸君の多くは、身体の諸機能が充実し、疲労の回復も早く、体力に不安を覚えるなどということは無縁であろう。人間の一生の中でも、この年代は生物学的な身体機能がピークに達している時期であり、日常の健康管理に関心があるなどという学生は、むしろ例外的であろう。しかし、全ての事象がそうであるように、身体機能についても最盛期が永く続くことはあり得ず、ピークの後には長いダウンヒルのみが続く。ダウンヒルでの行程は頂上に立った時の状況判断により大きく左右される。学生諸君は、健康保持という面でも、今、大切な局面に立っていることを自覚しなければならない。学生諸君の「健康管理」とは、第一に、現在の健康状態をできるだけ高め、下りの勾配をできるだけ小さくするような生活習慣を身につけ将来に備えること、第二に学生という特殊な生活環境の中で起こりうる健康障害を理解し、その予防と対応の方法を身につけること、第三に、責任ある社会人としての心身の行動規範を確立すること、に集約される。

定期健康診断からみた学生の健康状態

 保健管理センターでは、全学生を対象として定期健康診断を実施している。検診の後には何らかの異常が発見された学生を対象として二次検診を行い、健康指導を併せて実施している。その他に、有機溶剤、放射線、VDTなどを実験で使用する学生に対しては、それぞれ特別健康診断が追加実施されている。これらはいずれも法令により学生に対し義務づけられているものである。

 健康を誇る学生諸君ではあるが、これらの検診により異常が指摘される学生も少なくない。例えば、平成7年度の検診により集計された罹病率は、体重異常(肥満、やせ)1.19%、高血圧1.06%、心臓疾患0.55%、呼吸器疾患0.28%、腎疾患0.25%などである。これらの頻度は一見低いようにもみえるかもしれないが、体重異常のうち肥満指数(BMI)26.4以上の軽症肥満の頻度は4.4%に、BMI17.6%未満のやせも2.3%に認められた。血圧も正常高値域(収縮期血圧130〜139mmHg)以上を示す学生は一次検診では約20%程度にみられる。呼吸器疾患のうち、集団生活で最も重要な肺結核は4名発見された。

 これらからみえてくる本学学生における健康問題としては、肥満と高血圧に代表される生活習慣病(成人病)の罹患者やその予備群が実数で1,000名以上に及ぶこと、少数ではあるが新規の肺結核が発見されること、などが特に注目されるべき点である。

 ところで、定期検診の受診率は学部の1、4年生、大学院(M2)では、例年80〜87%とかなり良好であるが、他の学年では40〜70%台に低迷している。このような受診率のバラツキには、奨学金や進学、就職のための健康診断書めあて(年間5,000件以上に達する!)や臨床実習のため受診が義務づけられている(医、歯、医短)など、受診動機の有無が大きく関係しているとみられ、健康管理という本来の目的が十分に理解されているとは必ずしもみなされない。この機会を通じて、学生諸君の自覚を促したい。

生活習慣病の若年化
 
 周知のように、わが国における3大死因は悪性新生物(ガン)、心臓病(多くは心筋梗塞などの虚血性心疾患)、脳卒中の3疾患であるが、後二者は動脈硬化を基礎疾患とするものが大部分を占め、その進展には高血圧や糖・脂質代謝障害、喫煙、ストレスなどが関係している。高血圧自身に対しても、肥満、食塩の過剰摂取、運動不足、糖・脂質代謝異常などがリスク要因となっている。喫煙やある種の食生活が発癌のリスクを高めることも証明されている。かつて、これら一群の疾患は「成人病」と呼ばれていたが、その予防には生活習慣の改善が最も重要であり、厚生省は平成8年にこれらを「生活習慣病」と改称した。また、この呼称には、これらの疾患が中高年者の主要な死因原因であるとしても、その発症はすでに10〜20歳代から始まっていることを強調する意図も含まれている。本学学生の検診結果もまさにそれを裏付けている。これら生活習慣の改善は年齢を問わず、現代社会に生きるわれわれ全てに必要な健康管理の原点とすべきものである。生活習慣の健全化は、メンタルヘルスの面でも重要である。なお、食生活に関する具体的な注意点については、当センターの小冊子「保健のしおり:食事と健康」を参照されたい。

感染症の新たな脅威―結核とエイズ
 
 最近、仙台市内の某病院において看護婦ら11名が肺結核に集団感染して発病し、1名が死亡したというニュースが大きく報じられた。わが国では、かつて結核は亡国病といわれた程に恐れられていた。1950年代以降、有力な抗結核薬の登場により結核の治癒率は格段に向上し、新たな患者の発生も1960年以降大幅に減少し続けた。結核はもはや過去の病気であるというような印象が医学界にさえ広まった。しかし、1980年代以降罹患率の減少傾向は鈍り、1995年度における新たな罹患者は人日10万人当たり34.3人であった。これは欧米に比べて3〜6倍も多い頻度である。しかも、各種の結核治療薬に対する耐性菌が出現し、今後治療の困難な患者が増えることも憂慮されている。一方、患者の減少により、未感染者が増え、現在、わが国では20歳代で97%、30歳代でも90%は未感染とされている。これは学生諸君の大部分が未感染者で、結核に対して抵抗力が弱く、集団感染や集団発症を起こしやすい集団であることを意味する。特に、大学のように、授業、研究、学寮など特定の構成員で集団生活をしている環境下では、常に注意が必要である。本学でも、数年前にごく小規模な集団感染・発病と考えられた事例を経験している。全ての学生に定期検診で胸部X線撮影を義務づけているのも、このような背景があるからである。定期検診を受けることは、単に自分自身のためだけではなく、共同体の一員としての責任を果たすことでもある。

 感染症の中で、エイズ(AIDS、後天性免疫不全症候群)は、極めて治療の困難な致死的な疾患である。わが国では血液製剤による感染者を別にすれば、未だ患者数が比較的少なく、学生諸君も身近な病気とは感じられないかもしれない。しかし、患者や感染者数は1991年以降急増しており、その42%は20歳代、26%は30歳代である。本症はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染によるもので、最近の主要な感染原因は異性間性交渉によるものである。20〜30歳代の男性に感染者が多いのは、明らかに性的な活動度と関係している。本症は感染の機会を避ければ予防できるものであり、それに優る対処の方法はない。現在、海外ではすでに感染爆発といわれる悲惨な状況に陥っている国や地域があるが、わが国でこれを回避するためには、青少年に対する教育を徹底しなければならない。特に、大学生はその危険性を十分に認識できる立場にあり、衝動にかられて無謀な性行動を絶対にしてはならない。
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