◇新入諸君の将来
東北大学総長  阿部 博之
 入学おめでとう。皆さんは、研究大学としての建学の精神と伝統を持つ東北大学の学生になったことを、まずは記憶して欲しいと思います。
 研究の重視は、実は教育の重視でもあります。特に最高の大学院教育は、優れた研究者によることを必要とします。このことは学部教育にもあてはまります。

 さてわが国はいま、大きい転換期にあります。テレビや新聞に不透明感が漂っていますが、一口でいえば、この転換への対応ができていないことによります。

 皆さんは、推薦入学の一部を除いて、ペーパーテストが得意であり、入学が許可されました。この力は、技術導入に象徴される、産業技術のキャッチアップ時代においては、高く評価されました。企業は好んで大学入試の秀才を採用したのであります。しかしこの神話が続いたのは、せいぜいバブルの頃までで、その後これに対する疑問が少しずつ増えてきています。

 一流企業や官庁において、大学入試の一流大学出身の幹部による不祥事が顕在化しています。中には単純にモラルの欠如の事件もみられます。しかし多くの場合は異なります。その組織に忠誠であるが故に埋没し、組織内論理の中の競争で勝ち残った人々です。優秀ではありますが、外からみると自己の確立ができておりません。その組織から離れると、ただの人になってしまうのです。要するに、わが国の知的リーダーの体質改善がせまられているのです。

 ペーパーテストの能力は、確かに大切です。しかし将来の社会人に必要な一つの物差しでしかないのです。
 米国流の大学入試には、この他に、高校の活動実績があります。スポーツ、芸術、奉仕活動、得意な分野における大学への単位取得等です。さらに、英語(母国語)の実力も問われます。欧米各国からみると、わが国の大学入試は残念ながら極めて特殊であるといわざるを得ません。わが国の入試の改革は、これからも確実に進むでしょう。皆さんは、従来型の選抜の勝者という位置付けということになると思います。

 皆さんが大学(ないし大学院)を出て、社会で活躍する近未来について考えてみましょう。
 わが国が得意な、多品種規格大量生産型産業に加えて、いわゆる新産業が急増するでしょう。製造業だけの話ではありません。企業の経営は国際化の波を大きく受け、人事システムは欧米型に変わり始まるでしょう。今までのような終身雇用制は、善し悪しは別として、大幅修正されると考えた方が賢明です。これまでのように、国内のみに通用する論理と慣行では、わが国は孤立してしまいます。企業内教育に大きく依存する時代は終わり、高等教育の根幹は大学に戻ってきます。わが国にとって、国際競争ができる、国際舞台で活躍ができる、知識職業人がどんどん必要になっていくことは間違いありません。

 これからの東北大学生は何に心掛けたらよいでしょうか。
 第1に、専門職業人を目指すことです。将来企業等の組織に所属する場合でも、個人としてのアイデンティティーを持つことに加えて、組織の健全な発展につながります。第2に、海外に通用する資質を身につけることです。例えば、知識職業人にとって英語の使用は不可欠です。第3に、自立心、批判精神の涵養、第4に、体力の増進です。第5に、志を立てることです。これが一番大切かも知れません。
 わが国は古来、自立心の高揚と立志を大切にしてきました。このことは欧米からも評価されていましたが、残念ながら希薄になってしまったのです。しかし第2次大戦後のすなわち最近の現象にすぎません。

 皆さんの大学入試の力に加えて、上述の項目に心掛ければ、皆さんの将来も、わが国ひいては人類の未来も明るいでしょう。とはいえ、早合点して専門知識の修得だけに走らないで下さい。リーダーにとって、文化、哲学などの幅広い教養が必要です。専門だけで処理できる問題は限られます。地球環境問題がその好例です。どのような専門職業人を選ぶかに年月をかけて下さい。ただし今からが大切です。

 幸いにして東北大学には、わが国を代表する専門家が多数おられます。相談したい事項があれば、遠慮なく質問して下さい。楽しい、そして意義のある学園生活を期待します。

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