◇これからの東北大生への期待 | ||
東北大学総長 阿部 博之 | ||
いま人類もわが国も大きい転換期を迎えている。転換しなければならない時期と言い換えた方がより適切であろう。 地球環境問題を例にとって説明する。20世紀は、地球環境問題が顕在化し、警鐘を鳴らし、多くの提案がなされた世紀である。しかしその解決は21世紀に先送りしてしまった。大量生産、大量廃棄に象徴される20世紀型の文明をどう変えていくか、まさに21世紀型の文明の構築が問われている。科学技術の新しい役割はもちろん不可欠であるが、それだけでは不十分であり、人文・社会科学をも含めた知の創造に全力を傾けていかなければならないのである。 特にわが国の場合は、いわば戦後の日本型システムから先進国型システムの脱皮が求められている。未来は、当然のことであるが未知の世界である。未知の世界を、知を創造しようとする活動によって予知していくことが、フロント・ランナーの仕事である。わが国にもフロント・ランナーがいなかったわけではない。むしろ多数いたというべきであろう。ただしそれらの知恵を結集し、活用するシステムの構築については無関心に近かった。戦後は未来を先導することに臆病であったからでもある。これまでの日本型システムは、いわゆるただ乗り論に通じるだけでなく、制度疲労が目立ち、産業競争力においても限界が明白になってきたのは知られているとおりである。このことは戦後の日本型システムを否定するものではない。その時代において大きい意義を有していたし、その長所は今後とも生かしていかなければならない。すなわち、米国型の追従ではなく、日本型の先進国型システムの構築なのである。 知の創造にもいろいろなレベルがある。最も先進のレベルをすべての日本人が担うわけにはいかない。スポーツの世界のように、選手層が必要であることを述べておく。 次にわれわれを取り巻く変化について、若干異なった観点から考えてみよう。その一つはIT(information technology)による変化であり、もう一つはボーダレス化である。 ITによるいわゆる情報通信革命の特色は、ネットワークによって個人が単位になっていることである。わが国が得意としてきた集団主義のメリットが大きく減少し始めているのはこのためである。中間管理職の仕事や存在が変化していくことを加速しているのは間違いない。ただし、知の創造や知識生産に集団ないし組織がすべて不要であることを意味するものではない。なお、集団主義が確立したのは、江戸時代のしかも幕藩体制が強固になった以後の、歴史的にいえば比較的最近のことで、日本古来のものでないことは、何人かの学者の指摘するところである。 科学技術はもちろんのこと、金融にも本来国境はない。政策的に定められている国境も、その高さが低下してきている。このようなボーダレス化に伴って、諸外国の価値観がわが国の中に押し寄せてくる。国益をかけてのわが国への挑戦も少なくない。いわゆるグローバリゼイションである。わが国が依然として国内事情にのみ目を奪われ、国内にのみ通用する競争にうつつを抜かすことを続けていくならば、グローバリゼイションによる負の面だけが蓄積され、敗者となることを覚悟しなければならない。 知の創造には高い専門性が必要である。知の創造をより広く知識生産に置き換えても、国際水準のプロの集団でなければならない。しかもその集団に属する個人は、他人にないプロとしての力をもっていることが要求される。 ITは情報の普遍化や画一化に寄与するが、ITイコール知の創造ではない。知の創造はあくまでも個人や小グループによる所産である。しかもそれらの所属する組織は、そのための企画をあらかじめ用意してくれることはないものと考えた方がよい。待っていても個人や小グループに対して組織は何もしてくれないのであり、個人や小グループが所属する組織にどんな貢献をするかが、より強く求められることになる。一方、組織の経営者は、優れた個人が別の組織に移ってしまわないような魅力ある条件整備に努力することになる。 ITによって、地球上の様々な文化や地域の個性が喪失し画一化することは、決して望ましいことではない。高い専門性の必要性についてはすでに述べたが、併せて幅広い教養と科学的な判断力が強く望まれる。感情的な批判や判断は、一見その地域の文化や個性を擁護しているように見えても、長期的にみれば逆である場合が少なくない。長期にわたる友情の確立に努力しながら、様々な文化や地域の個性との共生を図っていくことも、21世紀の大きい課題である。 以上は、特に東北大生を対象にした期待である。人間の脳は、その成長過程の中で適切な時期に刺激を与えれば、機能が大きく増進するといわれている。受験勉強に向いた暗記の機能もその一つである。それとは別に、大学生の年代でなければできない勉学の重要さを強調しておきたい。 |
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